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2012
08.02

8月です

8月になりました。

今月は、松江のカラコロ教室は15日お休みです。
その他の教室は通常通りです。


オリンピックも毎晩楽しいですし、なんだかここのところ寝不足が続いています。
オリンピックが来るたびに、「あー、4年前は何してたっけ?」と思います。

4年前の今頃、私はインドにおりました。
亡命チベット人による北京オリンピック反対のデモや、ハンガーストライキを毎日のように見ながら、開催国が中国だろうか、どこだろうが、もしスポーツがどんなに出来ても、「チベット」という国の代表にはなれないんだよな…。と、思っていました。

「どこに所属しているのか?」というのは、どうでもいいようであって、実は人間にとっては譲れない部分なのです。

アイデンティティという言葉が世の中に出てくるようになって、なんとなくボンヤリとそういうことについて考えたりもしていたと思いますが、実は自己存在のルーツというのは、人間が生きていく上で大きな土台になり、軸であるのです。

逆に言うと、自分は誰で、どこにその存在の根を持っているのかということを知らない。またはそれが侵されている人は、土台や軸がズレてしまっています。

まさに、命がけでハンガーストライキをするチベット僧達は、ルーツを取り戻したく戦ってたのでした。

昨年の夏、札幌でカトリック・イエズス会の司祭、柳田敏洋先生の言われた言葉がとても印象に残っています。

真の自由とは自分自身がふるさとであると気づくこと。
つまり外なるふるさとが奪われたとしても、内なるふるさとは決して奪われてはいないと、気づけることだ。


私はこの言葉を聞いたとき、「私の帰る場所は、私なのだ。」と自分の体の芯のような部分がズンと音を立てて震えたのを感じました。

そんなアイデンティティ、人間のスピリチュアリティについて初めて真面目に考えさせられたのが4年前。
オリンピックが来るたびに、このことについてまた考えさせられそうです。


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